「返せはこっちの台詞だろ」
語調こそ落ち着いているモノの、明らかに怒気の入り混じった声音。
その程度では土方とて動じはしないが、リリス土方の瞳が紫に変色すると、流石に目を見開いた。
「悪魔を怒らせると、後悔するぜ」
「ッ!」
リリス土方の紫色になった瞳孔が、猫のように細まる。それと同時に、リリス土方の頭には背中にある羽根と同じような形の触覚が現れた。
それが震えた途端、土方は微かな耳鳴りに襲われる。嫌な予感に、沖田を抱える腕に力が篭った。
いっそ冷徹とでも云えそうなリリス土方の眸に呑まれた土方は、何を企んでるのかと問い質す事も出来ない。
互いに視線は逸らさないまま、いつの間にか土方の耳鳴りが止んだ。
止んだのに、全く安心出来ない。それどころか、ふと背後に現れた気配に、土方は全身の身の毛が弥立った。
「土方さん」
聞こえる筈のない声が聞こえ、土方の体が強張る。
数秒躊躇った後、恐る恐る振り返り土方は目を瞠った。
「総…悟?」
流れ的に、きっと自分の仮定通りだと思う。
まさか、と自分が信じられなかった。
「ははっ。なんだ、お前も総悟が好きだったのかよ」
土方の視界の外れで、可笑しそうにリリス土方が笑う。
その嘲笑に、土方は確信した。
今目の前に立つ沖田もリリスだ。
それも、自分が具現化させた、理想像。
"いや、違う…"
目下、仕事が全ての自分に想い人はいない。通常なら、それこそ自分の理想通りな架空の女でも現れたんだろうと思う。
だが今は、沖田の秘めた想いの深さを知ってしまった直後だ。今、自分の意識を沖田が最も占めているだろうコトは間違いない。
なんとなく求めてる程度の架空の女とじゃ、思い入れは比較になんてなるワケない。だから、だ。
これは、自分の感情とは無関係。
土方には、そうとしか考えられなかった。
そして、何故ここに新たなリリスが現れたのか。
考えたくない結論に達してしまい、土方の背中に冷たい汗が流れる。
「お前にもやるよ、理想の総悟」
"……やっぱりか"
邪魔な存在である土方を、リリス土方が追い払う手段としては十分考えられる選択だ。
しかし、実情を全て知っている自分が騙されないだろうコトだって、十分分かっている筈。
それでも敢えて仲間を呼んだりリス土方が何を画策してるのかと考えると、土方には嫌な想像しか浮かばない。
「呼んでくれるのは嬉しいんですがねぃ。でも、どうせなら俺もそっちの茶髪くらい若い方がよかったなぁ」
「贅沢言うなよ。栄養価はそれなりに高いと思うぜ」
土方をちらりと見遣ったリリス土方が、皮肉気にリリス沖田に返す。
リリス沖田はちぇーと舌を打ち、改めて土方を見下ろした。
「……まぁ、いいか」
ニコリと笑ったリリス沖田が、土方の傍らにしゃがみ込む。
反射的に土方は沖田を抱えたまま後退るが、何の意味も成しはしない。
あっさりと再び距離を詰められ、リリス沖田に顔を覗き込まれた。
「ねぇ、俺と遊びやしょうよ」
「頷くワケねぇだろ」
無慈悲に切り捨てられるも、リリス沖田は表情を崩さない。
何も言わないリリス沖田を土方が訝しく見据えていると、リリス沖田の瞳も紫へと変わっていった。
「しまっ…!」
ぐにゃりと土方の視界が歪む。先程と同じような耳鳴りが木霊し、少しずつ全身から力が抜けていった。
それでもリリス沖田から目が離せない。
リリス沖田が、正に"悪魔的"な微笑を湛える。
"クソ、催眠術か…!?"
必死に自我を保とうとするも、目を離せないのだからどう足掻いても抗い切れない。
リリス土方がいると沖田が自分を認識しないのはこの所為か、と土方は今更ながら理解した。しかし、分かったところで既に遅い。
「無駄な抵抗するなよ、疲れるだけだぜ」
「!!」
「俺らの脳支配から、普通の人間が逃れられるワケねぇんだから」
頭上でリリス土方の声が聞こえ、土方は自分が完全に床に突っ伏している事に気付く。
一握りの理性を振り絞りリリス土方を見上げると、その隣に立つ沖田も見えた。
「総悟!!」
「じゃあ、俺らは総悟の部屋に行くから。お前らはお前らで、楽しんどけよ」
「待て、総悟!」
霞む意識を引き留め、土方が沖田を呼ぶ。しかし、無情にも沖田はリリス土方と共に、部屋から消えてしまった。
自分に圧し掛かるリリス沖田を、力の入らない腕で振り払おうとするも、全く儘ならない。
「総悟、行くなぁぁぁ!!!」
なけなしの力で、土方が叫ぶ。
そこで、土方の意識は遂に途絶えた。
障子から差し込む陽射しに、目が覚める。
ぼんやりした脳が始動するまでに少々時間が掛かったが、倦怠感を訴える身体に土方は飛び起きた。
随分と久し振りな感覚。夜着の下にこびり付いた"食い残し"に、土方は愕然とした。
"俺、俺は…"
断片的に思い出される、昨夜の情事。確かに、誰にも何も言われなければ、ただの夢で片付けてしまうだろう。
偽者相手だったとは言え、沖田に対する後ろめたさ。非情な化け物に対する憤り。そして、自分自身への不甲斐無さ。
次から次へと溢れる感情に、気が狂いそうだった。
"……総悟…"
呆然と項垂れ、あらゆる感覚から土方は泣きそうになる。
記憶の欠片に沖田の顔が浮かび、土方は震える拳で床を殴り付けた。
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