その日、沖田はいつにも増して寝起きが悪かった。
ちょっと前までなら、失笑なり説教なりが飛び交っていたものだが、今は違う。
むしろ皆に口を揃えて休んでろと言われるくらいなのに、沖田はケロリと普通の生活を送っていた。と云っても、ケロリとしてるのは沖田の感覚だけで、傍から見たらその姿は危なっかしいことこの上ない。
心配が嵩じて、近藤まで体調を崩しそうである。
ただ1人、粗方の事情を把握している土方だけが、何も言わずに沖田を見詰めていた。
ただ強制的に射精を促される程度だったら、ここまで活力が蝕まれることはない筈だ。いくら毎晩とは云えまだ若いのだから、それだけでここまで衰弱するとは思えない。
となると、考えられることは1つ。
夢魔は精液と共に、沖田から生気も奪っている。
もしくは、もっと別の何か。
どっちにせよ、本格的に"駆除"しなければならない。
だが、どうしたらいい?
原因も敵も分かっているのに、肝心の対処方法だけが不鮮明だ。
これだから人智の及ばない怪奇現象は嫌いだと土方は思う。
何の対策も浮かばないままに、また夜がきてしまった。
誰かに沖田を匿わせる事も考えたが、それではきっと更に犠牲者を増やすだけにしかならない。
かと云って、現状のまま自分が傍に居ても、昨日の二の舞だ。
暗い蟠りを抱え、土方は自室で頭を抱えていた。
このままでは、沖田は取り殺されてしまう。
誰でもいい、誰か現況を打破出来る策を―――
ふっと、土方の部屋の前に人影が立った。
そのシルエットだけで、十分予想が付くその相手。
「土方さん、いいですかぃ?」
音もさせずに障子を開け、蒼白い顔をした沖田が姿を見せる。
拒む言い訳も浮かばず、昨日の展開を思い返すと、言い包めることは無理だろうと思った。
「…体調悪いんだろ」
「んなこたぁありやせん。すこぶる快調ですぜ」
「今日はゆっくり休めよ」
無駄だと思いつつも、一応言ってみる。
やはりと云うか、沖田は目を丸くした。
「いつも、アンタが誘ってくるんじゃねぇですかぃ」
「俺が誘わなきゃ、ヤラねーってコトか?」
土方の返答に、沖田は見開いた瞳を更に限界まで広げる。
土方は、言ってからしまったと思った。この言い方ではまるで、沖田から誘って欲しいと言ってるようなものだ。
「…いや、違う。そうじゃねぇ」
「俺は、嫌々アンタを抱いてるワケじゃねぇですよ? むしろ」
「分かってる…いや、だから、そうじゃねぇんだ」
そうじゃない。今の自分が拒む事で、せめて今日はもう沖田自らも迫る事はしないで欲しいと、そう言いたかった。
どれだけ誘われたとしても、そこまで自身を削って応えなくていい。そう、伝えたかった。
なのにそれは上手く言葉には出来ず、結局新たに余計な誤解を生じさせてしまっただけ。
後ろ手に障子を閉め、沖田が一歩部屋に入る。
意図せず土方の腰が引けてしまうのは、最早条件反射に近い。
「土方さん」
沖田が近付くにつれ、既に瞳が色めき立っているコトに気付き、土方は息を呑む。
いっそ、自分が沖田に抱かれていれば、夢魔は手が出せないのでは?
不意に、土方の脳裏にそんな考えが浮かんだ。
唯一にして最も可能性のある窮策。しかし確実とは云えない上に、多大なるリスクがある。
"どうする…"
あれほどまでに沖田に固執しているリリス土方が、果たしてその程度で諦めるだろうか?
気付けばお互いの相手が摩り替わっている――なんて。そのくらい、容易にやられ兼ねない。
しかも、沖田は勿論のこと土方にも気付かせずに成立させられてしまいそうだ。それで守れたと安心させられては、元も子もない。
こうなると、夜の営みは全て信じられなくなってくる。
手を伸ばせばすぐに土方に抱き付ける距離で、沖田が立ち止まった。
リリス土方のいない今、沖田の目には普通に土方の姿が映っている筈。
なのに、今の土方のどこか怯えた眼睛には気付けないのだろうか。
"総…悟?"
沖田の手が頬に触れた瞬間、土方は無意識にその手を振り払った。
驚愕した沖田が息を呑むが、それ以上に土方自身の方が驚いている。
まさか、と思う。何の証拠もない。だが―――
「……お前、総悟じゃないだろ」
信じられないが、確証はあった。純然たる勘でしかなかったが。
リリス沖田は土方の記憶を具現化して現れている。つまり本物以上に、"土方にとっての沖田"を100%形成していることになるのだ。
偽者かどうかなんて、少なくとも土方の中にある情報だけでは、判断出来るワケがない。
しかし、土方の疑念に沖田は眉一つ動かさない。それによって、土方は己の仮想に確信を持った。
本物がこんな疑惑を掛けられ、動じない筈がない。
「…また俺を食いに来たのか」
沖田の傍に居なくとも先手を打つほど手堅く根回ししてくるとは、流石に土方も思っていなかった。
つまりこれだけお膳立てしてあると云う事は、今頃本物の沖田はまたきっと"食われている"。
やはり、何もせずに放ってはおけない。
土方は手錠を片手に立ち上がり部屋を出ようとするが、リリス沖田にそれは遮られた。
「どけよ」
「そうはいきやせん」
「また俺をまやかしでハメる気か」
皮肉に笑う土方は、リリス沖田を見ようとはしない。
目さえ見なければ術に嵌らずに済むかもしれないと、土方は思っていたから。憶測でしたかなかったが。
意味を為すか為さないかは二の次。腰の刀に手を掛ける土方に、リリス沖田が肩を竦めた。
「普通はそうするんですけどねぃ」
あっけらかんとしたリリス沖田の声音は、本当に沖田そのものだと思う。
予想外の否定の言葉に、土方は横目でリリス沖田を見遣った。
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